ケニア・サファリのススメ

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ケニア旅行記
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ケニアの小学3年生

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 朝食を食べ終わり、フロント前のソファーでツアーの迎えを待っていたら、地元の従業員がイギリス系の女性経営者と給料の話をしていた。
「一日900シリング(約1,404円)なんて、とてもじゃないけど払えないわ。一日200シリング(約312円)で26日稼働として、1ヶ月で5,200シリング(約8,112円)。これ以上は無理」
「200シリングとは、一日あたり200シリング分上げてくれるということか?」
「そうじゃなくて、一日200シリング支払うということ」
 その後、人目もはばからず直接現金が手渡された。
 ケニア国内の平均月収はUS$100(約12,100円)よりも下だと聞いていたが、目の前で行われたやりとりを見る限りでは信頼できる情報だ。でもこれは日本の大卒の平均初任給をさらに稼働日で割った日給より少ない。「世界で22番目にお金のない国」というのも、なんとなくうなずけた。

 今日はもともとケニア山のふもとでトレッキングの予定だったのだが、雨季で天気が悪いのでは山頂に登るわけではなくても気が進まない。2日前にマイナに頼んで別のツアーを変えてもらった。自分では他にどんなツアーがいいのかよくわからないので、Planet Safariの方で適当に決めてもらったら、ナイロビから車で20分ほどのところにあるキアンブーという町で、コーヒー畑+工場見学をすることになった。雨のケニア山よりは、観光から離れたレベルでケニアを見れるという方が面白そうだ。

 予定の9時を大幅に過ぎて、10時前にドライバーのデビッドと付き添いのアレックスが迎えにきた。コーヒー農園の名前はパラダイス・ロスト。農園内にはコーヒー畑と工場以外にも、手漕ぎボートに乗れたり、滝、洞窟があったり、乗馬ができたりと、週末にはナイロビから千人を越える家族連れが来るらしい。行った日は金曜日で家族連れの姿は見えなかったものの、地元のPrimary Schoolの子供たちがバスに乗ってやってきて、先生に引率されながらわいわいはしゃいでいる。

 始めにデビッド、アレックスと手漕ぎボートに乗った。たいした景色があるわけではなく、泥で濁った川面とすぐ側の川岸にあるコーヒー畑を見ながら、交代で30分ほどゆっくりとボートを漕いだ。
[ パラダイス・ロストの看板 ]

[ 先生と元気な子供たち ]
 次は乗馬だったが、子供たちが先生と一緒に順番待ちをしていた。アレックスに「先生に挨拶してみたら」と言われて、挨拶と自己紹介の後、いろいろと話を聞いてみた。
「うちの学校はイギリス系のインターナショナル・スクールで、この子たちはPrimary Schoolの3年生。8歳とか9歳とかね。私立なので授業料が高く、みんな金持ちの子供。親が社長だったりね」
 確かにナイロビで見た他の子供に比べると、身なりがきちんとしている。治安がよくないこともあって、みんな送迎バスか自分の家の車で学校まで送ってもらっているらしい。
「Primary Schoolの授業料ってどれ位なんですか」
「うちの場合は年間200,000シリング(約312,000円)。クラスにはコンピュータもピアノもちゃんとあって、一クラス12〜15人の少人数制。公立のPrimary Schoolだと3,000シリング(約4,680円)。でもタダではないので、ケニアでは学校に行けない子供もたくさんいるのよ」

 ケニアでは失業率が40%と高い上、仕事があっても賃金が安い(さっき実感したばかり)。生活費を稼ぐだけでも大変なことなのに、学費まで負担となるとかなりきついだろう。兄弟が多ければなおさらのことだ。

 馬乗りの方は自分の順番が来たものの、男にロープで引っ張ってもらっただけで3分で終わった。最後この男にボソッと「のどが渇いたからジュースをおごってくれ」と言われたが、「今ツアー中だから」と理由にならない理由でその場を切り抜けた。ただ引っ張られてるだけでは、チップをあげられるほどは楽しめない。

 その後、子供と一緒に園内の滝のあるところまで5分ほど歩いた。この滝の裏に洞窟があって、そこで園内のガイドが子供に説明をしていたのを一緒に聞いた。
「研究の結果、この洞窟は250万年前にできたものとわかったんだ。誰が研究したかわかるかな?」
 子供が競って手を上げる。みんな、ガイドに指される前に我先にと答えを言ってしまう。でも正解者はいなかった。
「考古学者。昔の人を研究している学者さんだ。入り口が小さいことから、当時の原人が作ったと言われてる。それからずいぶんと時が経ち、今度は1950年代〜1960年代にかけて、ここではイギリス植民地支配から自由を求める『マウマウ』と呼ばれる人たちが住んでいたんだ」
[ 園内の滝 ]

 それから1963年のケニア独立の話になり、説明の最後にガイドが「誰か質問のある人」といったら、みんな一斉にハイハイと手を上げた。
「『マウマウ』の人たちはどうやって洞窟を発見したの?」
「みんなこんな暗いところで寝てたの?」
「フリント・ストーンみたいな生活だったの?」
 ガイドは子供の質問に一つ一つ答えていた。こちらとしては質問を聞いてるだけでも楽しめた。

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