ナンセンスな物語(25)-銭湯で刺青男と出会う

 近所の銭湯で体を洗っていると、背中に桜の刺青の入った男が入ってきた。顔つきからもヤクザに違いないと悟った。

 刺青男は私の右横に座ると、手に持った包んだタオルから、マイ石鹸を取り出し、蛇口のそばに大切そうに置いた。石鹸はだいぶ使いこんでおり、たくあん一切れ程の大きさしかなかった。

 私は思わず石鹸に目が行ってしまったが、次の瞬間、刺青男と目が合ってしまった。「やい」と刺青男は言った。私はばれないように両手で目を覆った。「おまえ、なかなか度胸あるじゃねえか」と言われた。「そんな、度胸なんてありません」と謙遜して答えた。

 私は風呂にはいらず、そのまま服を着て銭湯を後にした。それから、いつものコンビニでいつものヨーグルトを購入した。自宅のアパートに向かってゆっくりと歩きながら、「もう他人の石鹸は絶対に見ない」と心に誓った。

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