タスマニアへの道標

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製作: 小川 邦久

ジョーとドライブ


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おススメの本: 乗馬への道〈Vol.10〉タスマニア馬紀行


− 1996年9月5日 スタンレーにて −
 ホバート観光の後、私はタスマニア東部を旅行し、それからまたロンセストンに戻ってきました。 すでにタスマニア旅行の日程を2/3終了しており、残すは北西部だけとなりました。 私が特に見たかったのは、スタンレーという町にあるザ・ナットとよばれる岩山でした。 タスマニアのエアーズロックと呼ぶ人もいますが、外観はこちらの方が緑掛かっていて、高さは152mとエアーズロックの半分もありません。 理屈はどうであれとにかく見たかったのですが、私の持っていたバスパスはスタンレーをカバーしておらず、レンタカーを借りていくしかありませんでした。
 とりあえず新聞広告を見て、ロンセストンの町の外れにある、タスマニアでは中堅クラスのレンタカー屋に足を運びました。 そこで借りた車はダイハツのミラ。 まさか軽自動車がタスマニアにあるなんて思ってもいませんでしたが、料金も安く燃費もよさそうなのでお金のあまり無い私にとってはうってつけの車でした。
 早速車に乗り込み、スタンレーへと向かいました。 スタンレーまではおよそ200km。 時速100kmで単純に2時間で行ける計算でした。 ところがこの日の天候はとても変わりやすく、夕立のような雨が降ったり、からっと晴れたり、それに風も強く吹いていて、軽自動車で時速100kmで走るには少々過酷すぎる条件でした。
 結局3時間ほどかかってスタンレーに到着し、ユースホステルに行きチェックインをしました。 キーをもらって部屋に入り、その後キッチンに行ったのですが、ちょっと太り気味のカナダ人女性が椅子に座ってテレビを見ていました。
「どこから来たの(Where are you from?)」
「日本から。あなたは(Japan.And you?)」
「カナダから(Canada)」
と海外の旅行者同士がまず交わす会話そのまま、という感じで話が始まりました。 この日、他には客がいませんでした。 彼女の名前はジョー。 男の様な名前ですが、これが本名ということでした。 私より2つ年下で、やはり話しっぷりもそのような感じでした。 親の仕事の関係でキャンベラに滞在中で、2週間ほどの日程でタスマニア旅行に来たと言っていました。 本人が学生か社会人かはちょっと忘れてしまいましたが、とにかくお世辞にもまじめとは言えない感じの人でした。
 夕方、テレビを見ながら話をしてしていましたが、
「昨晩ここでパーティやって、その時のビールがあまっちゃったんだけど一緒に飲まない?」
とジョーが言いました。 ちょうど喉も渇いていたので、「そうしよう」ということになりました。 冷蔵庫には全部で6本のビールがあったのですが、30分ほどで3本開けてしまい、ジョーは「ビールはもう飽きちゃったから外で飲まない」と言いました。 ちょうど外の空気も吸いたかったので「そうしよう」ということになりました。
 ユースホステルから歩いて3分ぐらいの所にバーがあって、そこで改めて飲むことにしました。 しかし、ここはタスマニアの端の田舎町。 見知らぬ東洋人と白人女性が一緒に入ってきて、いっせいに注目を浴びてしまいました。 最初は少々落ち着かない感じがしましたが、気にしても仕方が無いので知らん振りして飲んでいました。 しばらくして、酔っ払ってふらふらの青年が私たちの所へやってきて話し掛けてきました。 私たちのことが気になってしょうがなかったようです。
「おまえ中国から来たのか」
「日本ですけど」
「今日パーティやるんだけど、2人ともこないか」
この展開に一瞬ジョーと顔を見合わせてしまいましたが、ここはタスマニア、行くしかないという感じでした。
 その後12時ぐらいに店が閉まり、結局バーにいた客全員(10人ぐらい)が深夜のパーティに参加することになりました。 田舎町だけあって、私とジョー以外はみんな顔見知りのようでした。 パーティ会場は漁船の船室。 なかなか興味深いものがありました。 ここではみんな飲めや歌えの大騒ぎで、結局終わったのが夜明け前でした。
 次の日以降、ジョーとたまたま行き先が同じだったので、私がタスマニアを出るまでの3日間一緒に旅行しようということになりました。 彼女は免許を持っていなかったので100%私が運転することになってしまったのですが、こんな珍しい経験はもう一生できないだろうと思うと、運転もあまり苦にはなりませんでした。
 私はジョーといろいろな観光名所に行ったのですが、一番印象に残ったのは景色ではなく、ジョーの笑いのセンスです。 ある日、ドライブ中に話題がスポーツの事になり、私が中学、高校で柔道の授業があったことを言いました。
「剣道はやらないの」と聞かれましたが、
「やらない」と答えました。
当然「なんで(Why?)」という風になるのですが、わたしは正直な感想として、
「小手がくさいから(Because gloves smell bad)」と言ったのですが、ジョーはこれを聞いて数十秒笑い転げていました。
「あなた本当に面白いひとね」
と言われてしまいましたが、私はこのせりふのどこに数十秒も笑えるポイントがあるのかよくわかりませんでした。
 他に、国立公園に入場する時に”Entrance Fee $XX”という看板があり、私もジョーも払いたくないという意見で一致した、という時がありました。
「何か言われてもあなた日本人だから、英語読めないってことにしちゃえば」
とジョーが言ったので私は、
「『”Fee”て何だい?』って言うよ(I’ll say ”what’s fee?”)」 と言ったのですが、これまた数十秒笑い転げていました。 私としては「英語を読めない」としたらこのように言う、という例を示しただけだったので、なぜ受けたのかよく理解できませんでした。
 ジョーが普通のカナダ人のジョークのセンスを持っているのか正直わかりませんが、日本人はカナダ人には受けがいいのでしょうか。
 最後の夜はデボンポートのユースホステルに宿泊し、ここで会ったオランダ人の青年を加えて近くのバーに飲みに行きました。 やはりここでも東洋人である私の存在が珍しかったらしく、結構じろじろ見られてしまいました。
「みんなあなたのこと見るわね」
とジョーに言われましたが、確かに他の100人ぐらいの客全員が白人でした。
 次の日の朝早く、私はロンセストン空港へ向け出発しなければなりませんでした。 ジョーとはここでお別れでしたが、タスマニア旅行の最後に彼女と出会えて、すごく楽しい経験ができたと思っています。

< ジョーと >
ザ・ナットのふもとのコーヒーショップで

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