タスマニアへの道標

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製作: 小川 邦久

雨上がりの結婚式


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おススメの本: 乗馬への道〈Vol.10〉タスマニア馬紀行


− 2002年4月26日 ホバートにて −
 空港に到着したときは大雨。翌日は結婚式だというのに、到着早々心配になってしまいました。今回6年ぶりにタスマニアを訪問することになった最大の目的は、ホバート近郊ラニーメイド邸での結婚式。私と妻のさち子、家族、親戚、知人合わせて11人で、東京よりはるばるここまでやってきました。結婚式と翌日のポートアーサー観光までは11人の団体行動、その後約1週間は妻と二人でレンタカーを借りてドライブの予定でした。結婚式と団体旅行の手配は日本人の方が安心ということで、事前に現地旅行会社AJPRの千々岩さんご夫妻にいろいろとお願いをしました。
 ホテルに到着してすぐ、司祭のベティさん、千々岩さんご夫妻と結婚式の事前打ち合わせがありました。ベティさんが式の進行を行い、千々岩さんが通訳をする展開になります。途中、ベティさんが読み上げる文章を、私と妻が繰り返すというところがありました。
"I Kunihisa Ogawa take you ..."
"アイ、クニヒサオガワ、テイクユー..."
 事前に千々岩さんからメールで文章をいただいていて家でも練習はしていたのですが、なんだか本番は緊張してしまいそうだな…、と妻と二人で不安な顔をしていると、ベティさんは「結婚式は誰でも緊張するもの。だからそんなに神経質にならなくても大丈夫」と言ってくれました。この一言で安心したのか、それとも長旅の疲れなのか、夜は妻も私も十分に睡眠を取ることができました。
 結婚式当日の朝、雲は多かったものの、何とか天気は持ち直したようです。妻と義父は後から式場にビンテージカーで登場するという設定なので、私は他の参加者と一緒にラニーメイド邸へチャーターバスで先行して、式の始まりを待っていました。ラニーメイド邸には東京からの参加者以外に、メルボルン出身の友人とその彼女、それに妻が以前8ヶ月デロレインでステイしていた時にお世話になった人々や、ロンセストン在住の知人も駆けつけてくれていて、全部で20数名の参加者になっていました。
 式が始まりました。弦楽カルテットがカノンを奏でる中、妻が義父同伴で入場し、それから妻は私の左側に立ち参加者全員と向き合います。ビデオ撮影のカメラも回っており、少々張り詰めたような雰囲気でした。
< ビンテージカー >

"Ladies and Gentlemen, It is indeed..."
 ベティさんが式の進行をします。10分ほどベティさんの文章読み上げ、千々岩さん通訳の展開が続いたあと、私がベティさんの読み上げる文章を繰り返すところまで来ました。
"I Kunihisha Ogawa take you..."
 ベティさんは「クニヒサ」と発音しづらいようで、「クニヒシャ」という風になっていました。日本人にも少々発音しづらいとは思うので、ベティさんにとっては本当に難しかったと思います。
"アイ、クニヒサオガワ、テイクユー..."
 私のパートが無事終わり、続いて妻のパートをベティさんが読み上げます。
"I Shachi..., Sashi..., "
 「サチコ」というのも発音しづらいようで、なかなか言えずに苦労していました。ベティさんは式の直前に「名前はこう発音するんだよね」と入念にチェックはしていたのですが、ちょっとスムーズにいかなかったようです。式の最中は私も妻も緊張していましたが、どうやらベティさんも「家族や知人の前で、名前を間違って発音してはいけない」と緊張しているようでした。でもこれをきっかけに場がなごんで、楽しい雰囲気になりました。
 指輪の交換と結婚証明書のサインを終えた後、庭に出て撮影会。シャンパン片手に写真を撮りあいながら、久しぶりに会う友人や妻の知人との会話を楽しみました。
 それからまた邸宅内に戻ってのランチョン。食事の前に突然メルボルンの友人、デロレインとロンセストンの知人のオーストラリア人組がワインを片手に立ち上がって合唱、最後に"Toast!"と言って乾杯となりました。我ら日本人組は何が起きているのかよくわからず、オーストラリア人組の合唱をボーっと聞いているだけでしたが、こういう自然発生的な祝福は日本の結婚式ではほとんど見ることができないので、なかなか面白い体験でした。肝心の食事の方はと言うと、生ガキ、帆立貝、ボイル海老、タスマニアンサーモンと、タスマニアの海の幸が山盛りで出てきて、魚介類の味にうるさい日本人でも満足の美味しさでした。
 ランチョンも終わり、楽しかった結婚式もこれで終了です。私と妻はビンテージカーに乗って退場したのですが、ラニーメイド邸からホバート市内のホテルに向かう途中、街を歩いている人からの視線が集まりました。ただでさえ目立つ黒のビンテージカーに、日本人の新婚さんが乗っているので、物珍しいのもよくわかります。道中アルバム用に港で写真撮影を行い、それからホテルに戻ったときには少々ホッとした気分になりました。
 当初の思いつきから実現に至ったタスマニアでの結婚式でしたが、終わってみれば和やかで明く楽しい式だったと思います。今回の式をアレンジしていただいたAJPRの千々岩さんご夫妻には、この場を借りて感謝申し上げます。

< 記念撮影 >
ラニーメイド邸に乾杯

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