セントロ (Centro: 旧市街) アルマス広場(Plaza de Armas)は、フランシスコ・ピサロが都市を築いた際に、その中心となった場所である。大統領府のそばにあるため警備が厳重で、ピリピリとした緊張感を感じる。そのそばに1555年に20年もの歳月をかけて完成し、その後の大地震により3回修復を行ったカテドラル(Catedral)がある。入り口を入ってすぐ右の部屋に、「ピサロの遺体」とされるミイラが安置されている他、奥の部屋に歴代のインカ皇帝の肖像画が飾られている。サン・フランシスコ教会・修道院(Iglesia y Convento de San Francisco)の地下には、当時の人の腕、足の骨、頭蓋骨が無数に並べられており、初めてペルーを訪れる人は大きなショックを受けるだろう。サン・マルティン広場
の中心に、ペルーの独立に大きく貢献した将軍サン・マルティンの騎馬像が立っており、昼間は人が多く集まる。
ミラフローレス (Miraflores)とサン・イシドロ(San Isidro)
セントロからコレクティーボ(小型バス)で約30分のところにあり、セントロとは異なり喧騒な雰囲気は全くない。高層ビルが建つなど街並みは新しく、歴史的な観光名所はほとんどないが、食事や買い物をするには便利である。ラルコ・マール(Larco Mar)は海岸沿いにあるショッピングモールで、ファーストフード店、各種ショップ、映画館などが立ち並ぶ。ここから歩いて10分ほどのところに恋人たちの公園(Parque del Amor)があり、昼間は広大な海を見ながらのんびりと過ごすことができる。
リマのその他の見どころ
リマ全体が見渡せるサンクリストバルの丘(Mirador Cerro San Critobal)、ペルーで取れた金銀財宝と世界の武器を展示した黄金博物館
、ペルー3000年の歴史のありとあらゆる美術品を集めた国立ペルー美術館(Museo de Arte)、チャンカイ文化の土器を集めた天野博物館(Museo Amano)、聖者の眠るサントドミンゴ教会(Iglesia y Convento de Santo Domingo)など。
クスコの中心であるアルマス広場(Plaza de Armas)は、観光客、地元の人々で昼夜を問わず賑わいを見せる。サント・ドミンゴ教会/コリカンチャ(Iglesia de Santo Domingo/Qorikancha)に、剃刀の刃一枚も通さないと言われるインカの石組みがある。クスコ近郊の遺跡めぐりでは、要塞サクサイワマン
、生贄の地ケンコー(Quenko)、赤い要塞プカプカラ(Puka Pukara)、聖なる泉タンボマチャイ(Tambo Machay)は必見。その他、建設に100年を費やしたカテドラル(Catedral)、建造物自体が芸術品の宗教芸術博物館(Museo de Arte Religioso)などが見どころ。
なお、クスコは標高3300mと高地にあるため、訪れる人の半数近くが頭痛や食欲減退など、軽い高山病にかかる。到着初日は無理をせず、夜も十分に睡眠を取るように心がけたい。
マチュピチュはクスコからアウトバゴン(Autovagon)で行くのが一般的。インディヘナの農村、アンデス山脈、ウルバンバ川などが見えて、車窓からの景色も良く、スピーカーから流れるフォルクローレも旅情を高めてくれるだろう。到着駅はアグアス・カリエンテス(Aguas Calientes)で、線路沿いにお土産屋、食堂が多数並ぶ。その後シャトルバスで約30分間の道のりで遺跡へ。遺跡内では葬儀の石(La Roca Funeraria)、見張り小屋付近からの風景が、テレビ、ガイドブックなどで最も知られている。その他段々畑(Andenes)、太陽の神殿(Tempo del Sol)、王女の宮殿
、コンドルの神殿(Grupo del Condor)など、興味深いものが多数ある。時間のある人はワイナピチュ(Huayna Picchu)に登り、山頂から空中都市マチュピチュを是非見下ろしてほしい。
アンデス地方に伝わる神話によると、インカ族が誕生するはるか昔、創造神ウィラコチャ(Wiraccocha)が闇の中に世界を築き、大地に巨人を住まわせた。しかし、暗闇の中で巨人たちはまともに歩くこともできず、次第に苛立ちを見せるようになり、そして争いにまで発展してしまった。これを見たウィラコチャはひどく憤慨し、巨人たちを岩に変えてしまい、世界中を洪水にしてしまう。その後水は蒸発し、巨人たちの岩は侵食されて、ウィラコチャの感情もだいぶ収まった。そしてウィラコチャは新たなものを創造する。太陽と月と星をティティカカ湖(Lago Titicaca)から導き出し、空の所定の位置に付くよう命じた。最初は月の方が太陽よりも明るかったのだが、不満に感じた太陽は月に灰をかぶせて、永遠に薄暗い光しか出せないようにしてしまう。その後、ティティカカ湖の東にある太陽の島(Isla del Sol)でアヤル兄弟が生を授かった。このうちの長男がマンコ・カパックで、後にクスコに移りインカ帝国の基礎を築き上げたのだ。
今でこそこの話を真実としてとらえる人はいないだろうが、ともかくティティカカ湖はアンデスの人々にとって、文明を生んだ神聖な地であったのだ。
「アレキパ人」の多くは、アレキパはペルーのほかの地域よりも都会的で、上品であると考えているらしい。この町は植民地時代にスペイン人によって築かれ、その富のなごりが今も一部続いているからかも知れない。ここでは場違いな派手な服装や、見慣れない素振りを見せると地元の人に変な目で見られてしまう。アレキパは「白い町(La Ciudad Blanca)」と呼ばれてる。これは建物の多くが白い火山岩でできていることから来ているのだが、中にはヨーロッパの祖先と絡めて皮肉る人もいるようだ。
1540年にこの町が築かれてからは、植民地の文化的中心地として美しい教会が次々と建てられ、そして1579年に有名なサンタ・カタリナ修道院(Monasterio de Santa Catalina)が建設された。一時は500人もの修道女が外の世界とは隔離された生活を送っていたが、今では20人程度が小部屋で過ごしている程度だという。中には花壇や噴水などで飾られており、ペルーの美術様式を伝えるアート・ギャラリーもある。
1970年頃は人口300,000人程であったが、ここ30年で一気に100万人を超えるまで膨れ上がった。この暖かく、仕事もあり、そして穏やかな雰囲気のアレキパに、多くの人々が魅力を感じているのだ。
トルヒーヨはラ・リベルタド(La Libertad)地方の中心都市であり、1534年にスペイン人征服者の一人ディエゴ・デ・アルマグロ(Diego de Almagro)によって築かれた。トルヒーヨという名前はフランシスコ・ピサロの出身地から取ったものだ。もちろん、スペイン人はこの地方に初めて住み着いた民族ではなく、モチーカ、チムーなどのプレ・インカ民族、そしてインカもこの地方で繁栄した。古代文明の遺物は、20平方キロにも及ぶチムー王国の巨大なチャンチャン遺跡
、モチェ(Moche)文化2つのピラミッド型神殿で知られる太陽のワカ・月のワカ(Huacas del Sol y de la Luna)、壁画の美しいエル・ブルホ遺跡(El Brujo)などで見ることができる。
訪問地の順序にもよるが、トルヒーヨは「リマへの序章」とか逆に「リマの復習」と呼ばれることがある。トルヒーヨはリマと同様に広がりを持った都市であるが、リマの悪い部分である広場の治安問題や無秩序でわかりづらい道路といったものは持ち合わせていない。リマに比べてコロニアル調の建造物は輝きを持ち、通りにはしゃれたカフェやディスコ(discotecas)が並ぶ。
週末はワンチャコ海岸(Huanchaco)に人が集まる。美しい砂浜で波を見ながら、のんびりとリゾート気分を味わえ、またここでは葦で作られたトトラ船も見ることができる。海岸沿いにはシーフードレストランやホテルが並び、日が暮れた後も人気がなくならない。
「友情の町(La Ciudad de La Amistad)」というニックネームが付くぐらい、チクラヨの人々は人見知りせず、好奇心旺盛、その上話し好きと言われている。さすがに日本語を話せる人にはほとんどお目にかかれないが、ブロークン・イングリッシュでもできれば、一日滞在するだけで、現地の人といろいろと話ができるかもしれない。
チクラヨ周辺には、モチーカ、チムーなど、未だに謎の多いプレ・インカの遺跡が数多く残っている。1987年にモチーカ国王の墓が発見されたシパン遺跡
では、無数の黄金が発掘された。また、28ものピラミッドで有名なトゥクメ遺跡
は、チムー文化前のシカン文化のものであり、1991年にやはり黄金の埋蔵品が発掘された。ただし、どちらの遺跡に行っても、本物の黄金は見ることができないので注意。発掘された埋蔵品はランバイエケ(Lambayeque)のブルーニン博物館
で見ることができる。