ペルー
気ままに一人旅

ホーム
ペルー基本情報
歴史
各地の見どころ
ペルー旅行記
フォトアルバム
個人旅行について
インカ掲示板
ペルーショップ
ペルー度チェック
リンク集
作者ホームページ
サイト内検索


コンドルは飛んでゆく
| 演奏 | | 中止 |

製作: 小川 邦久

7日目 2000年5月4日(木曜日)ミラフローレスのお土産屋


スポンサードリンク



| 1日目(1) | 1日目(2) | 2日目 | 3日目 | 4日目 | 5日目 | 6日目(1) | 6日目(2) | 7日目 | 8日目 |

 明日は朝5時にホテルを出てしまうため、今日が実質のペルー最終日。しかし昨日まとも食事を取らなかったせいか、朝からあまり体調が良くない。下痢気味な上、のどが痛く腹痛もある。どうやら風邪を引いてしまったようだ。ただ、このまま何も飲まず食わずだとかえって体調を崩してしまうと思い、とりあえず軽く朝食を取った。薬は風邪薬だけにして下痢止めは飲まず、日中はできるだけ水分を取るように心がけた。

 まずはお土産屋に向かった。ミラフローレスの中心を通るリカルドパルマ通り(Av. Ricardo Palma)沿いにあるお土産屋で、銀製品、服、工芸品など幅広く置いてある。外国からの観光客の多いミラフローレスでこれだけ規模の大きいお土産屋なら、店員はみんな英語ぐらいはしゃべれるのだろうと思ったが、全く逆で一言も英語が話せない店員ばかりだった。オーストラリアのゴールドコーストみたいに、日本語ができる店員が多ければ、日本からの観光客はどんどんお金をつぎ込むと思うのだけど、ここにはもちろん日本語のできる人もいないようだ。
 片言のスペイン語で買い物をする。
「このネックレスいくらですか」
「US$20です」
「これ100%銀ですかね」
「えっと、92%です」
「値下げしてもらえます?US$14とか」
「ちょっと待ってくださいね…。US$16です」
 ペルーのお土産屋では値下げ交渉は当たり前、値札がある場合もそのまま買ってしまうと損なことが多い。定価の2倍以上で吹っかけてくるお土産屋も多いようだ。


[ Miraflores ]


 別のセクションでシャツを買ったのだが、ここでも同様に値下げ交渉をした。担当の二十歳位の女性にレジで「いろいろな国のコインを集めてるんだけど、日本の見せてもらえないかな」と言われた。財布から1円玉、5円玉、10円玉、50円玉、100円玉を取り出し、レジの前に広げた。穴のあいている5円玉と50円玉に興味を持ったようだった。
「これあげますよ」
と言ったら、相当うれしかったようで、リャマの絵の入ったキーホルダーをもらった。166円と交換なら悪い条件ではない。

 一旦ホテルに戻り、日本から持ってきたコルゲンコーワ細粒を、ペルーの国民的ドリンク、インカコーラ(Inca Kola)で飲んだ。このインカコーラ、コーラと名前が付いているものの、味はコーラとは程遠い。昔駄菓子屋で売っていた30円のビニールのチューブに入ったジュースに炭酸を入れたような味だ。この組み合わせがいいかどうかは分からないが、なんとなく体調が良くなった気がした。

 その後また街に出た。翌日ニューヨークに行く予定で、現地の知り合いに電話をかけなければいけなかったのだが、公衆電話で国際電話のかけ方が分からない。コインを入れてもスペイン語のメッセージと共に返却されてしまうのだ。たまたま歩いていたところに、公衆電話がたくさん置いてある公衆電話屋があって、そこで電話をかけることにした。一応カウンター越しにオフィスがあったので国際電話のかけ方を聞いたら、「テレホンカードを買うように」言われた。クレジットカードが使用できる電話があると便利なのだが、それも無いようだ。いくらかかるか分からないので、一番高い45ソル(1,260円)のカードを買うことにする。電話機の下にある説明書通りに電話をかけてみたところ、問題なく知り合いの家に繋がった。これで一安心。


[ Larco Mar ]
 夕方、昨日会ったカルロスと街を歩いた。ラルコマール(Larco Mar)というレストラン、ショップが集まる所に行ったのだが、ここに着いたとたん、体格のいい男が近寄ってきて「バッグを見せろ」と言う。「セキュリティチェックだ」と言われたが、これはガイドブックに載っているサギに違いない、中身を見せたら最後、全部取られてしまう、と思い、ものすごい恐怖だった。しかしカルロスがスペイン語でこの男と話をしてくれて、どうやら本物のセキュリティチェックであるようだ。バッグの中身を見せて「Bueno」と言われて、そのまま終わりだった。自分としては非常に怖い思いだったが、カルロスは逆に「セキュリティチェックが無い方が危ないんじゃないかな」と言っていた。ペルーの治安を考えればもっともな意見だ。
 
 食事の後ホテルに戻り、カルロスの部屋でアメリカのテレビ番組を見た。バラエティ番組だったが、アメリカンジョークが多くてよく意味がわからなかった。カルロスが時々意味を説明してくれたが、こういうのはやっぱり現地に住んでいないと面白くないだろうと思う。
 しかし、ペルーにいてもアメリカの番組や日本のNHKが見られるというのは、本当にボーダーレスになってきたなと実感した。ちなみにペルーではスペイン語でドラゴンボールZ、ポケモンをやっていた。特にポケモンはこちらの子供たちにも大人気なようだ。
 9時ぐらいにカルロスに別れの挨拶をして、自分の部屋に戻った。
 
スポンサードリンク


 

| ホーム | | 前ページ | 次ページ(ペルー出国) |