ナンセンスな物語(11)-桃大郎

 昔むかしあるところに、おじいさんとおばあさんがいた。ある快晴の朝、おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行った。

 太陽の光がおばあさんの洗濯している川面を照らし、キラキラと輝いている。すると、上流から大きな桃がどんぶらこどんぶらこ、と僧侶の行進のようにゆっくりと流れてきた。「大きな桃」とおばあさんは口に出してみた。しかし、桃からは返答らしい返答はなかった。

 おばあさんは大きな桃を抱えて家に戻り、おじいさんの帰宅を待った。3時間経過。いつまで経ってもおじいさんは帰ってこない。しかし、おばあさんがこれからおじいさんを探しに出かけようかとしたちょうどその時に、玄関の古びた扉がガラガラと開きおじいさんが入ってきた。おばあさんはほっと安心した。おじいさんは「ただいま」と、いつものしゃがれ声で言ったが、キツネの足音が初雪にかき消されるように、おじいさんの声はおばあさんには届かなかった。

 おばあさんがおじいさんに桃を拾ってきた経緯を説明する。おばあさんのアイデアで、桃を切断してみようということになったが、おじいさんの心の準備が整っていない。やれやれ、またか、とおばあさんは海のように深いため息をついた。

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