オージーライフ体験談 - オーストラリアでのワーキングホリデー生活

1996年、オーストラリアにワーキングホリデーに行った時のミニ滞在記です。合計7か月間滞在して、ゆっくりと大陸一周しました。


−シドニーに到着−

 1996年3月2日、私はシドニーに向け出発しました。目的はオーストラリア一周旅行。なにしろお金がないので長距離バスを使い、面白そうなところがあったら仕事をするなりして何ヶ月か滞在するような感じの計画を立てていました。
 初めの1ヶ月はシドニー近郊でホームステイをして語学学校に通いました。学校自体は少々退屈でしたが、毎週末になるとホームステイ先の2つ年上のパトリックと一緒にシドニー中心部のバーに飲みに行っていました。飲みに行くといつも5件ぐらいはしごをしてしまい、帰りはタクシーとなることも多く、週末だけでも日本円で1万〜2万円ほど使っていました。それはそれで結構楽しかったのですが、このペースだと3ヶ月で全資金を使い果たしてしまいそうだったので、とりあえず見切りをつけてシドニーを出ることにしました。 

−ケアンズで乗馬ガイド−

 ケアンズには4月から6月まで滞在していました。ちょうど雨期と乾期の中間で、一日のうちに雨が降ったりやんだりして、そのうえ気温が日中40度近くまで上がり、本当に蒸しあがるような暑さでした。到着した日、クーラーの利いたバスから降りたときは本当にめまいがするほど暑く感じたものです。
 そのケアンズ近郊で、私はたまたま牧場での馬乗りの仕事というものを見つけました。今まで馬に乗ったことなんて一度もなかったけど、競馬も好きだしとりあえず深く考えずにやってみようということにしました。幸いにも初心者でも大丈夫ということで、応募の電話をした3日後に働き始めることになりました。
 メインの仕事は馬に乗ってのガイドでした。ほとんどの客は乗馬が始めてなので、まず最初に馬の乗り方や操作方法などを簡単に説明することになっていました。その説明の後に馬にまたがってもらって、客の操作で細い山道や丘などを進んでもらうことになっていました。客はたいてい3人から5人ぐらいで一列に並んで進み、先頭と最後尾にそれぞれガイドがつきます。客と一口に言っても、地元のオーストラリア人の他に日本人、韓国人、香港人、アメリカ人、ドイツ人と国籍はさまざまでしたが、日本人、韓国人以外はみんな英語でコミュニケーションしていました。日本人の場合も日本語ができるので問題はないのですが、一度韓国人の客が10人いっぺんにやってきたときには、対応の仕方に困りました。身振り手振りで説明したものの見てももらえず、そのまま馬に乗せてしまいましたが、トラブルなく無事に終わりほっとたなんて時もありました。  ちなみに私の場合も最初は初心者だったので、乗り方の説明をして馬にまたがり、内心ものすごくドキドキしていました。特に走らせたときは想像していたより揺れて、落馬しそうになることもあったりしました。それでも、2〜3週間毎日乗っていると体が自然に慣れてきて、逆に客を無視して思いっきり走らせたい衝動にかられたりもしました。(もちろんやりませんでしたが)
 乗馬のほかにも子馬にえさをあげたりとか、馬小屋の掃除、それに炎天下の中で数キロにも及ぶ電気フェンス周辺の草刈りなど内容は結構ハードでした。
 そんなハードな仕事の後は、仲間とトラックの荷台に乗り込み、時速100キロで5分ほどの所にあるバーでビールを飲むのが楽しみでした。もともとの私のリスニング力不足に加えて、この辺の連中はこてこてのオーストラリアなまりの英語で話すので、何を言ってるのかさっぱりわからないことも多かったのですが、それでも歌って騒いで楽しい時を過ごしました。
 帰りもまたトラックの荷台なのですが、運転手ももちろん酔っているので、さすがに時速100キロは恐怖でした。

−タスマニアの人々−

 タスマニアには8月下旬から約3週間ほど滞在しました。緯度的に北海道の正反対という感じで、牧歌的な風景もどこか似ている気がしました。ただ、日本とは季節が逆でこの時期はかなり寒かったです。1ヶ月前まで熱帯地方のダーウィンにいたのに、タスマニアでは雪が降ったりして、オーストラリアの広さを感じたりもしました。  そんなタスマニア滞在中のある日、私は車を借りて北西部のスタンレーという小さな町に行きました。この町でユースホステルに宿泊することにしましたが、客は私のほかにちょっと太り気味で年下のカナダ人女性しかいませんでした。でも、お互いに一人で旅しているだけあって打ち解けるのも早く、
「きのうのパーティの残りでビールが6本もあるんだけど飲まない?」
と言われましたが、もちろんオーケーということで旅の話をしながらがんがん飲み始めました。その後30分ぐらいで3本開け、近くのバーに場所を移してしきり直しをすることにしました。
 このバーはスタンレーで唯一の飲み屋という感じで、客はみんな顔見知りのようでした。そこに見知らぬ東洋人と白人女性が一緒に入ってきたのですから、最初はみんな不思議そうな顔でこちらを見ていました。気にしてもしょうがないので、知らん振りして飲み始めたのですが、そのうちに酔っ払った青年(私と同じ年ぐらい?)がやってきて話し掛けてきたのです。
「おまえ、中国人か?」
「日本人ですけど」
「きょうパーティやるから二人とも来ないか」
日本だったらこういう人はまず相手にしないけど、ここはタスマニア、深いことは考えず行くことにしました。
 結局そのバーにいた十数人全員がパーティーに参加して、飲み終えたのは次の日の朝でした。

オーストラリアdeワーキングホリデー―カンペキ!決定版
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