英語が本当に苦手な人の英語学習法

製作: 小川 邦久

ご意見・ご感想

プライバシーポリシー

Copyright (C) 2009 KUNISAN.JP.
All Rights Reserved.



9.外資系メーカーに再就職〜TOEICスコアのアップ


 オーストラリアから帰国した直後に2度目のTOEICを受験しました。結果は765点(リスニング445点、リーディング320点)でした。1年半で140点のスコアアップです。海外に一歩も出ずに英語を集中的に勉強して、たった数カ月で200点以上スコアアップする人もいるので、「海外に行っていた割には得点の上がり方が少ない」という見方もあるかも知れません。しかし私はこれで十分満足でした。自分なりによくやったと。


 それから再就職活動を始めました。転職情報雑誌を購入してペラペラとページをめくると、「モリブデン」、「タングステン」という、今までに元素の周期表でしか見たことのない言葉を使って紹介されている会社がありました。ヨーロッパ系特殊金属メーカー(非英語圏)の日本法人でした。しかも、募集の文言には「理系の知識と英語力が活かせる」と書いてあります。「これは自分のためにある仕事だ」と思い、私はすかさずその会社に電話をして、面接を申し込みました。数日後に履歴書を持参して面接を受けて、それから英語のテストがありました。その数日後に「採用」の電話がありました。まだバブル崩壊後の就職難の状況が続いていましたが、運よく活動開始1社目で再就職できてしまいました。これも何かの縁だったのでしょう。



 この会社で、最初の9年間は営業部で「技術営業」的な仕事をしていました。基本的なタスクとしては、電機メーカーを中心とした国内の顧客から注文をもらい、それを本社に発注して、製品ができるまでの納期管理を行うというものです。製品完成後の通関、納品などの処理はアシスタントが行っていました。本社との連絡は入社当初はファックスがメインでしたが、後にメールをベースにした連絡方式に切り替わります。また、電話の頻度も年々増えていきました。


 正式に仕事で英語を使うことになったため、この会社に就職してからしばらくはビジネス英語を中心に勉強しました。「ビジネス文章の書き方」の本を数冊購入し、実際に文章を読んだり書いたりしながら学習していきました。また、週一回、会社の後にスクールでビジネス英語のレッスンも受講しました。これを1年半ほど続けているうちに、ようやくビジネス英語らしきものが板についてくるようになります。ただ、参考書やスクールでのレッスンと違って、英語で連絡を取り合うのは、基本的にヨーロッパ本社のみでした。顧客は全て日本の会社だったこともあり、ビジネス英語の参考書にあるような定型文章は、ほんの一部しか使うことはありませんでした。あともう一つ注意していたことが、本社は英語ネイティブの国ではないということです。アメリカ人やイギリス人が使うような、少し気のきいた表現を使った英語よりも、シンプルで誰にもわかりやすい英語を使う方が、誤解されづらく確実に伝わります。




 私が営業の仕事をしている間は、ずっと納期トラブルや品質トラブルが絶えませんでした。その度に本社にファックス、メールを送ったり、本当に急ぎの時には電話で担当者を呼び出しで、状況をよく理解してもらった上で特急で仕事をしてもらうこともありました。ただ、ヨーロッパの人達は基本的に日本人よりかなりのんびりしているので、急いで仕事してもらうためには色々な工夫が必要です。直接的に「急いでほしい」の一言で動いてくれる人もいれば、延々と状況を説明した後に「このままでは今後の商売が全くなくなってしまう」と、断定的に言わないと動いてくれない場合もありました。「動く」と言って動かない人もいます。同じ種類のトラブルでも、その緊急度合いや担当者の性格なども加味して、表現を工夫するようにもなりました。問題があった場合の本社と客先の温度差が大きいこともしょっちゅうありましたが、そのような時も間に入る営業として、英語での説明力や交渉力が試される場でもありました。なかなかうまく物事を動かせない時期もありましたが、やはり場数を積んでいくと少しずつうまく動かせるようになるものです。


 私がこの会社で一番苦労したのが、本社のある嘘つき担当者とのやりとりでした。この担当者とは何回も衝突しましたが、ここでは一例だけ書いておきます。


 ある大手顧客向けの金属板製品で「加工中にヒビが入る」というクレームがありました。この製品は客先で加工をしやすいように、本社工場を出荷する前に熱を加えて硬度を下げる処理をしていました。しかし、客先での調査によると「硬度が仕様書で記載されている範囲を上回っている」ということで、不良品扱いで返金を要求されました。その後、この製品を本社に返却し、本社サイドでも硬度試験をしてもらうことになりました。しかし、例の嘘つき担当者から「不良品ではないので、返金しない」という回答がありました。その担当者から送られてきたレポートには硬度の数値が一つだけ記されており、確かにそれは仕様書でいう良品の範囲内でした。ただし、私は「硬度は測定場所によって数値にばらつきが出る。もしかしたら、たまたま一点だけいい場所を検査したのかもしれない」と思い、今度はその製品の複数個所を調査するよう依頼しました。しかし、担当者からの回答は「数値に問題はなく、良品だった」という回答でした。しかし、測定データが添付されていませんでした。「これでは客先に説明しきれない」ということを担当者に説明して、測定データを出してもらうことにしました。そして提出されたデータには20カ所分の硬度測定結果が記載されていて、確かに全ての数値が仕様書の良品の範囲内に入っていました。しかし、私はぱっと見でこの数値に偏りがあることを感じ取りました。実際にその20カ所分のデータをヒストグラム(データの分散具合を見るための度数分布のグラフ)にしたところ、正規分布と言われる正常な山なりのグラフではなく、グラフの右側が崖のように落ち込んでいる異常なデータ、つまり人為的に作成されたデータということが分かりました。その事を伝えても担当者はまだ色々と言い訳をして「不良品ではない」ということを主張していましたが、その時点で「この担当者とこれ以上話をしてもしょうがない」と結論づけました。後日その本社の技術マネージャが来日した際に、トラブルの経緯を詳細に伝えたところ、そこでようやく不良が認められました。客先のクレームからその製品の不良が認められるまで約3カ月も要して、正直なところ私もかなり疲弊しましたが、客先の主張と本社の主張が分かれた状態で放置せず、このような面倒な形であっても解決まで導けたことには満足していました。


 単純なことではありますが、分からないことは正直に「分からない」と言い、違うと思ったことは「違う」と言い、意見の相違がある場合には互いに納得するまで話し続けることが、英語を使って仕事をするためのコツでもあります。


 また、本社から技術担当者が来日して日本国内の客先を訪問するということも数多くありました。客先との打ち合わせは基本的に日本語で行うことになるので、営業担当者はこの場面では通訳の仕事もこなします。トピックによっては電気関係や半導体関連の技術用語や製造関連用語が沢山出てくることもあって、通訳の上ではそのような単語も日本語と英語の両方知っている必要があります。私が通訳をする場合には、ただ単に単語から単語に変換する訳ではなく、自分の中でまず内容をそしゃくして場面をイメージしてから、自分なりの英語や日本語にして伝えるようにしていました。


 技術英語のレベルを上げるために、私はカナダで購入した高校生向けの英語の化学と物理の参考書を使って勉強しました。内容自体は私が高校時代に習ったものと変わらないので、英語の文章を読んでもどのような事を説明しているのか想像しやすく、関連の英単語を覚えるのも比較的容易にできました。この英語の勉強のおかげで、たまたま受けた工業英検2級を、ほとんど事前の勉強なしで合格することもできました。


 この会社の給与規定には英語の能力別による手当がありました。後年はTOEICのスコアにより毎月プラス1万円〜最大4万円という基準に変更されましたが、当初は英検による能力判定のみでした。そのため、入社してから1年ほどで英検準一級を受験してみました。語彙力を問う問題では四択でたったの20%しか正解できなかったものの、長文や文法を問う問題にほぼ全問正解できたことで、何とか一次試験をパスしました。二次の面接試験については危なげなくこなし、無事に合格することができました。


 また、TOEICについては入社してから約2年に1回のペースで受験して、自分の英語力をチェックするようにしていました。入社前には765点だったスコアが、2年後のテストでは855点(リスニング445点、リーディング410点)、その次のテストでは865点(リスニング435点、リーディング430点)、そのまた次に受けたテストでは880点(リスニング465点、リーディング415点)となりました。TOEICでは20〜30点程度のスコアの振れは「誤差の範囲内」とされているため、スコア的には入社2年後のテスト以降はそれほど英語の実力が上がっていないように見えます。しかし、問題点を話し合って結論を導き出す「解決力」や、意見が真っ向からぶつかった際の「交渉力」、それに製品や製造工程にまつわる「専門知識」など、TOEICのスコアでは現れない部分での英語力は確実に上がっていったと自負しています。




 後には会社経営やマネージメント関連の本を日本語、英語と合わせて二十冊程読み、将来に備えるつもりでいました。


 そのようにして何年もかけて英語力が鍛えられていったのですが、働き過ぎがたたって病気になってしまいました。約4カ月間休職しましたが、その間の英語の学習もお休みです。これだけの長い期間英語に触れなかったのは大学四年の英語学習開始以来初めてで、仕事復帰前には「英語の感覚を完全に忘れてしまったのではないか?」と不安にもなりました。しかし、復帰直後にヨーロッパ本社のマネージャーと話す機会があって、最初の一言二言は言葉が出づらい感じはありましたが、「感覚を忘れて全く話せない」ということはなく、病気になる前と同じ調子で話をすることができました。逆に長い間中断していた英語に触れる生活を、また取り戻せたことに嬉しさも覚えました。


 仕事復帰後は社内SEとして3年半働きました。ただ、全く新しい職種という訳ではありません。もともと趣味でパソコンを自作したりネットワークを構築したりプログラムを組んだりしていたこともあって、営業時代にも日本国内の社内ネットワークやサーバー周りなどはほぼ自分一人で構築していました。会社の最初のホームページも自分でHTMLを打ちこんで製作したりしたほどです。あと、営業時代の後半に、やはり個人の趣味の範囲内でコンピュータ関連の洋書を数冊読んだりしていたこともあって、本社サイドのネットワーク担当者やサーバー担当者との英会話や文章でのやりとりについても、特に問題はありませんでした。


 また、グループ内のネットワークやシステム統合に向けて日本国内のコンピュータの使用状況を、本社主催のIT会議でプレゼンする機会もありました。事前にPowerPointを使って一週間ほどかけで30ページ程の資料を作成しました。相手が「日本のことを良く知らない」ということを前提に、日本の場所・文化などの説明から初めて、コンピュータにおける英語と比較した場合の日本語の特異性や、システム導入に際しての日本と欧米の考え方の違いなどについても説明するようにしました。台本を作って、声を出して練習したりもしました。初めての体験だったので本番ではそれなりに緊張はしましたが、ゆっくりと相手に分かりやすく話すことだけを心掛け、「1分間で1ページ」のペースを守って内容を説明しつつ、無事にプレゼンを終了させることができました。念のため台本を手元に置いたりもしたですが、結局それに目を通すことなく、自然と言葉が出てきたことが少し不思議に思いました。そのプレゼンが思いのほか好評で、その数日後に会議に参加できなかった別のIT担当者にも同じプレゼンを行うことにもなりました。




 非英語圏の会社ではあったのですが、私自身の英語力を「強力な交渉ツール」まで押しあげることができたことは、非常に大きかったです。