英語が本当に苦手な人の英語学習法

製作: 小川 邦久

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6.ニュージーランド卒業旅行~就職・退職~二か国語放送で学習~初のTOEIC受験


 卒業旅行をニュージーランドにしようと決めたのは、ロサンゼルス一人旅の帰りの飛行機です。そこでたまたま隣に座った女性から「ニュージーランドは自然がいっぱいで、しかも人が親切でとてもよかった」という旅行体験談を聞き、単純に「今度はそこにしよう」と思ったことが理由です。


 ロサンゼルス一人旅では屈辱や悔しさで終わった英語でのコミュニケーションも、ニュージーランドでは積極的に実践してみようと、約2週間のホームステイを手配しました。平日は語学学校にも通うプランです。NOVAでの英会話の経験や、NHKラジオ英会話や英文法の学習効果を発揮するには十分な環境です。



 オークランドの空港に到着すると、ホームステイ先のホストマザーが出迎えてくれました。そこでホストマザーが今までに行ったことのある国のことや、ニュージーランドの天気のことなどについて英語で話をしてくれました。私も相槌をかわしたり、色々と自分から質問したりもしてみました。ロサンゼルスの時よりは確実に進歩しています。自分の思っている事全てを英語で表現できる訳ではないものの、「英語でコミュニケーションを取れる」と言っても言い過ぎではないレベルまで達した感がありました。


 語学学校の初日にクラス分けの試験がありました。結果は7段階の上から2番目のレベル。高評価に嬉しかったことはもちろんなのですが、「こんな高いレベルで授業についていけるのだろうか…」と思いました。しかし、2週間の授業の中で、私が学習してきた事が沢山でてきました。授業中も積極的に手を上げて解答する、ということもできるようになっていました。クラスは10人程度で、半分が日本人、半分がドイツ人。中でもドイツ人との英会話は楽しめました。放課後や週末にはフェリーで島に行ったり、泊りがけでオークランドから少し離れた場所にある国立公園に行くなど、学校主催のアクティビティがありましたが、ほとんどの時間をドイツ人との会話に費やしていました。ドイツ人も英語のネイティブではないので、喋るのに使う単語が比較的簡単なものが多く、聞きとりも現地のニュージーランド人が話す時より容易にできました。ここで知り合った若いドイツ人とは帰国してからも、しばらく文通で連絡しあっていたほど仲良くもなれました。


 ただし、ニュージーランドではいい事ばかりではありませんでした。同じホームステイ先に別の語学学校に通っている韓国人女性も暮らしていました。ある日、私がトイレに入ろうしてノックせずにドアを開けたら、ちょうど彼女がバスタブでシャワーを浴びているところでした。慌てて「アイムソーリー」と言って、すぐにドアを閉めました。シャワーカーテンは閉まっていたため、彼女の裸体を見たわけではなく、またこちらも故意にやったわけでもなかったのですが、彼女はカンカンに怒ってしまい、それから私が帰国するまでの一週間は全く口をきいてもらえませんでした。自分の不注意とは言え、話しかけても完全に無視されてしまう状態は、さすがに気持ちが沈みました。




 ニュージーランドから帰国して、それから大学の卒業式がありました。ただ、自分の中では「まだ英語の勉強がし足りない」という感覚もありました。でも4月からは地元のガス会社の就職が決まっていて、そこでは仕事で英語を使う機会はなく、これから英語を勉強するにしても趣味の範囲内で、せいぜい海外旅行の時にしか使えないということになります。


 4月になりそのガス会社での仕事が始まりました。しかし、仕事の内容が結構な肉体労働で、体を酷使するのが苦手な私は、仕事開始の次の日にはもう辞めたい気分でいっぱいになってしまいました。そして2週間後に、道路の下に埋められているガス管のガス漏れチェックのため、重い機械で数メートル置きに道路に穴を掘る、という仕事を任せられることになりました。それを3年やってほしいと言われました。上司から「筋肉がついて日焼けできる」ということも言われました。


 その翌日に私は辞表を出して、この会社を辞めました。「これは絶対に自分の進むべき道ではない」と思ったからです。3年もあれば何か別の事ができます。そして、私にとっての「何か」は、もちろん英語の勉強を続けることです。中途半端な形ではなく、しっかりと使える状態にしてから、また就職しなおそうと思いました。どのような仕事に就きたいという明確な目標はありませんでしたが、とにかく「きちんとした形になるまで英語の勉強を続けよう。きっと結果は後から付いてくるはず」と心に決めました。


 まだNOVAのレッスンに残りがあり、VOICEルームのチケットも余っていたので、NOVAをペースペーカーにして、英語のさらなるレベルアップを図ることに決めました。この時にはNOVAの中でも中級クラスであるレベル6になっていました。


 ロサンゼルス帰国後から始めた英文法の勉強は、この時までに一通り終えていましたが、NHKラジオ英会話の学習は引き続き毎日続けていました。それに加えて新しく始めた勉強がNHK教育の二か国語放送をビデオに録画して、繰り返し見る方法です。


 最初は幼児番組の「セサミストリート」を見るようになりました。幼児用の英語なら簡単で始めやすいと思ったからです。当時は、セサミストリートの英語の全セリフと日本語訳が書かれたテキストが販売されていました。そのテキストを参考にしながら、ビデオに録画したものを毎週3回繰り返し見ます。1回目は英語のまま流してみて、2回目はよく聞きとれない所を巻き戻してはっきりと聞きとれるまで何回でも聞き直し、一通り終わったら3回目はまた英語のまま流して自分の理解度をチェックする、という方式を取っていました。意外とこの方式がツボにハマったようで、今までは全くと言っていいほど聞きとれなかった映画やドラマの英語が、少しだけ聞きとれるようにもなってきました。


 これに味をしめて、コメディドラマ(英語でsitcomとも言います)も同じ方式で見るようになりました。「フルハウス」「ブロッサム」「アルフ」など、ジョークの度に後ろで観客が笑っている、というスタイルの番組です。ただし、これにはセサミストリートのようなテキストがありません。こちらの勉強は、1回目はやはり英語のまま流し、2回目は聞きとれない所があったら日本語と英語を切り替えながら何回も繰り返し、それが一通り終わったら3回目はまた英語のまま流して見る、という方式を取りました。テキストがないので聞きとれない単語をピックアップするのは大変でしたが、意味のわからない単語があるとその都度スペル検索機能付きの電子辞書で調べるようにはしていました(面倒なのでノートに書き写したりはしませんでしたが)。


 それから、英検2級とTOEICを受けてみることにしました。ロサンゼルス一人旅以降ずっと続けていた英語学習で、自分の英語力が客観的にどの程度のレベルになったのかを確かめる意味です。結果は英検2級は余裕で合格、TOEICは625点(リスニング390点、リーディング235点)でした。TOEICについては時間内にリーディングの問題を終えることができず、これが得点全体の足を引っ張った形です。ただ、TOEIC初受験としては、自分なりに合格点を与えられるスコアでした。特にリスニングの得点は予想していたよりも随分高く、自分でも少し驚きました。




 そのような形で、会社を辞めてからカナダに語学留学するまでの5カ月間は、NOVAを含めて一日5~7時間英語の勉強をしていました。