英語が本当に苦手な人の英語学習法

製作: 小川 邦久

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10.日本に住む外国人に日本を紹介するサークル


 ヨーロッパ系メーカーで働いていた12年半の間にも、個人レベルで様々な学習やアクティビティを経験していきました。


 入社して1年後のある日、同じ職場の女性社員から声をかけられました。
「日本に住んでいる外国人に日本文化を紹介するサークルとか作ってみない?」

 少し想像しただけでも「これは面白そう」と思い、即座にOKを出しました。



 基本的には会費のようなものは一切取らず、電車賃や入場料などの実費のみ支払ってもらうスタイルにして、月に1回のペースでアクティビティを開催するということにしました。「参加者は外国人と日本人が半分ずついるとバランスがよさそう」ということで、特に人数制限などを決めずに募集をかけることにしました。日本在住の外国人や外国人との交流に興味のある日本人が目にしそうなものとして、「Tokyo Notice Board」という外国人向けのフリー冊子に「アクティビティ参加者募集」の広告を載せることにしました。その後、想定していた通り日本人、外国人がちょうど半分位の割合で、「参加希望」の電話がありました。


 記念すべき第一回のアクティビティは「東京巡り」で、浅草寺を見たあと、皇居、東京タワーと行くルートです。参加者は主催者2人を合わせて合計11人。日本人の他にアメリカ人、カナダ人、マレーシア人、フランス人が来てくれました。外国人でも日本語が話せる人もいましたが、基本的に会話はずっと英語でした。


 私も日本で生まれ育ったとは言え、浅草の歴史や皇室についてはほとんど何も知りませんでした。そのため洋書で日本を紹介した本を購入して、質問されたらちゃんと答えられるよう、事前に勉強しておきました。その時には「日本の身近なところについても知らないことだらけだ」と実感したものです。


 1回目のアクティビティは何のトラブルもなく成功に終わり、その後も計画通り毎月1回のペースで「参加者募集」をかけて、アクティビティを実行することになります。横浜、鎌倉、日光、川越などの観光の他に、梨狩り、そば作り、藍染、和紙作りなどの体験系のアクティビティに挑戦したりもしました。あと、一度だけ温泉宿に泊まるツアーも開催しました。この時には外国人の参加者が夜お酒を飲んで騒ぎすぎて、宿のオーナーから「静かにできないなら出てってくれ」と怒られる場面もありました。


 外国人にとっては実費だけ支払えばいいという安価な方法で観光やアクティビティに参加することができ、また同時に日本人の友人も作れるというメリットがありました。また日本人にとっても外国人の友人が作れて、気軽に英語を練習できる場であることや、日本に住んでいるとあまり気づくことのない「日本ならではの文化や習慣」を学ぶことができました。




 最初は月に一回のペースで集合していたグループも、段々と仲のいいコアとなるグループが形成されて、通常のアクティビティ以外でもそのグループで小旅行に出かけたり、カラオケの飲み会や麻雀教室を開催するなどして楽しむようにもなりました。


 サークル結成から1年後にはホームページを立ち上げて、基本的に募集はこちらで行うようになりました。アクティビティが開催されるごとに参加者は少しずつ増え続け、結成から約3年経った頃には1回の参加者が30人を超える規模にまでなってきました。


 人が多くなってくると、小グループがいくつか形成されて個人間の交流が薄くなったり、異性同士がくっついたり離れたり、また「あの人は嫌い」と別の参加者に対して露骨に嫌悪感を出す人も出るようになりました。


 私自身もこのサークルで知り合ったフランス人女性と仲良くなり、家も近かったことから、よく二人で会って出かけたりしていました。私はフランス語を知らず、彼女は日本語を知らないので、どちらも知っている英語でコミュニケーションを取っていました。近所の体育館の一部を借りてバドミントンをして、それが終わったら食事、というのを毎週一度の恒例イベントにもしていました。夏には一緒に富士山登頂に出かけたりもしました。彼女は「恋人」というわけではありませんでしたが、外国語を話す異性と仲良くなるのは、外国語を習得する上での近道であることには全く異論ありません。


 その後、彼女は正式に別の日本人の彼氏を作ったのですが、後日その彼から私に突然電話がありました。彼とは一度も面識がなかったのですが、どうやら彼女のアドレス帳か何かを調べて私の電話番号を見つけたようです。その彼から「バドミントン以外にも色々あったんでしょ?」「肉体関係は『全くなかった』と今誓える?」などと、30分ほど根掘り葉掘りフランス人の彼女とのことを聞かれる羽目になりました。どうやらかなり疑い深く、さらに嫉妬深い人のようです。このような面倒な人とは一切関わりたくないと思い、電話を切ったあとに今度はフランス人の彼女に電話をかけて、「彼は迷惑だ」ということを正直に伝えました。その直後にも、また嫉妬深い彼から何回も電話がきましたが、そのまま電話に出ずに無視しました。それ以降はフランス人の彼女と会ったりすることも、電話をすることも全くなくなりました。


 当時一人暮らしをしていたのですが、この時を境に何故か女性のあえぎ声のイタズラ電話や無言電話が、何日かに一回のペースで来るようになりました。これが例の嫉妬深い男性からのイタズラだったかどうかは特定することができません。ただ、それから後年に私が結婚で引っ越しするまでこのような電話が続くことになり、かなり気分の悪い体験でもありました。


 話をサークルの方に戻しますが、最初のうちは毎回楽しかったアクティビティも、開始から2年を超えるあたりから、楽しさよりも色々と疲れることの方が増えてきました。人が増えてきたことから、各種手配にかかる時間も長くなってきたこと、参加者一人ひとりと話せる時間が少なくなってきたこと、それにグループ内の人間関係の縺れなどもあったりして、主催者の一人である私自身があまり楽しめない状況にもなってきました。


 そのためアクティビティ開始から丸三年経った時に、このサークル活動を「一旦休止したい」ということを、もう一人の主催者にも伝えました。数時間電話で話し合ったうえで、こちらの気持ちも理解してもらい、それから他の皆にも「活動休止」を伝えました。その後も仲のよかったコアグループと何回か集まったりもしましたが、外国人は1年、2年と経つごとに自国に帰る人が増えてきました。日本人でも東京から出ていく人が増えて行き、最終的に東京に残っている人はほんのわずかになってしまいました。結局活動が再開されることはなく、サークルは自然消滅のような形で終了しました。


 ただ、一部の人との間ではありますがメールでのやり取りは続いています。当時は皆独身で自由気ままでしたが、今では私も含めて結婚して子持ちの人が多くなりました。このサークルを通して、英語の勉強になったのはもちろんのこと、日本人として日本についてより詳しくなれたことや、グループを統率する難しさを経験できたことなど、得られたものは非常に多かったと思います。